犯罪・刑事事件の解決事例
#不当解雇

2008年リーマンショック時の,いすゞ自動車「非正規切り(派遣切り)」事件

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小池 拓也 弁護士が解決
所属事務所湘南合同法律事務所
所在地神奈川県 藤沢市

この事例の依頼主

男性

相談前の状況

2008年11月17日,いすゞ自動車株式会社(以下「いすゞ」という。)は,藤沢・栃木工場の期間工553名につき雇用契約期間途中(12月26日)での解雇予告を行うとともに,派遣契約の期間途中での解約を通告して派遣労働者812名の受入を中止し,派遣元での労働者の解雇(これも契約期間途中)を引き起こしました(総計1365名)。期間工の大量中途解雇は同業他社に例をみないものでした。この件は各報道機関で大きく取り上げられました。特に実名・肖像等を公表した労働者については,密着取材がなされ,その労働生活実態が広く社会に明らかとされるとともに,彼らの肉声-正社員になれるという期待をもたせ努力させながらこれを裏切り,期間途中の年末に解雇される怒り-が全国に届いていきました。他の自動車メーカーが期間工については期間満了時の雇い止めを表明していたのと比べ,いすゞの中途解雇はきわだっており,いすゞは期間工解雇,派遣切りをなした企業の代表格となっていきました(アエラ09年2月9日号。なお週刊ダイヤモンド2月7日号,週刊東洋経済2月7日号)。

解決への流れ

(1)仮処分私は自由法曹団の一員として,直ちに期間工についてはいすゞに対し,派遣工については派遣会社に対して,賃金仮払等を求める仮処分を申し立てました。こうした中,いすゞは12月24日,期間工についての解雇予告を撤回すると共に,期間内賃金の85%支払等を条件とする合意解約を申し入れてきました。もっとも解約に応じない場合は,期間満了までの休業命令=働かせずに休業補償として平均賃金の60%のみ支払うというものでした。一方,派遣元会社の多くについては,相当の水準での合意解約の和解が成立していきましたが,和解を拒絶した2社については決定がなされ,いずれも派遣先との労働者派遣契約解約が直ちに「やむを得ない事由」(労働契約法17条,民法628条)に当たらないとの判断が示されました(ニューレイバー事件2009.3.30横浜地裁決定,プレミアライン事件2009.4.28宇都宮地裁栃木支部決定・労働判例982号5頁)。これらの判例は,あのリーマンショックの中でさえ,派遣先から切られたからといって派遣元による雇用契約期間内の中途解約は直ちに認められないとしているものであり,非正規雇用労働者にとって意義のあるものです。(2)本訴期間工,派遣工らは,①雇止め無効確認②カット分賃金支払を求めて2009年4月,対いすゞの本訴=通常の民事訴訟を提起しました。これに対する東京地裁判決(2012.4.16)労働判例1054号5頁は,①期間工の雇止めを有効と判断する一方で,②休業命令に伴う賃金カットは無効とするものでした。http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130626181130.pdfこの判断は東京高裁でも維持され(東京高等裁判所2015.3.26判決・労働判例1121号52頁),最高裁も当方からの上告,上告受理申立を容れませんでした。①非正規雇用の実態に迫ることなく,会社が生産回復を予想していた場合でも安易に雇止めを認めた点は,我が国の現状を追認した判決というべきですが,一方で②期間工のみを対象とする休業命令を無効とした点,非正規雇用労働者への差別的扱いについて一定の歯止めをかけたものといえます。また,以上の非正規雇用労働者や私たちの取り組みは,後の労働者派遣法,労働契約法の改正につながっていったものと考えます。

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小池 拓也 弁護士からのコメント

市場経済の世界であれば,価値の高いものに高い価格がつくはずです。正社員と非正規雇用労働者の労働実態が同じであるのなら,景気が悪くなった際により容易に辞めさせることができる非正規雇用労働者の方が,会社にとって価値が高いはずです。そうだとすれば,労働実態が同じである場合,正社員より非正規雇用労働者の賃金の方が高くなるはずです。ところが,我が国の現実は異なります。労働実態が同じで,より容易に辞めさせられる非正規雇用労働者の賃金は,正社員に遠く及ばないのが通常です。その結果,非正規雇用労働者は,家族をもつことは勿論,自分たちの作った自動車ですら買うことが困難な,困窮かつ不安定な状況に置かれており,このことが我が国の不景気,少子高齢化を促進していることは明白です。これはどう考えてもおかしい!市場経済がこの状況を解決できないなら,法律が,司法が市場経済に介入してこれを解決すべきです。非正規雇用労働者や私たちの取り組みは,この状況を完全に解決するには至りませんでしたが,それでも意義はあったものと考えています。